2018年8月12日

ベルギー・アントワープ聖母大聖堂で知る真の旅の目的

東京に帰ってきましたビックリマーク

 
 
 
 
帰ってきてすぐ、セミナーやらセッションやら会合やらなんやらかんやら。
 
 
 
 
そして今日はまた新潟へ。
 
 
 
 
忙しい日々が始まっております。
 
 
 
 
それはそれで楽しいニコニコ
 
 
 
 
 
さて、オランダ・ベルギー旅行のまとめをサクッと。
 
 
 
 
最後のアントワープのノートルダム大聖堂で。
 
 

 

驚くべきことを言われた。
 
 
 
 
またもや、芸術家に憧れ弟子入りし、しかし裕福であらゆるものを持っている巨匠を前に「なれるはずない」と諦めた過去世。
 
 

 

そういえば思い出したのは、私は絵を描きたくて美大に行ったこと。
 
 
 
 
だけど、画家になんてなれるはずないと最初から諦め、とはいえ、なんらかの自己表現がしたいと文章を書くことを選んでライターになった。
 
 
 
 
でも、ライターは自己表現をする場所ではなく、単純に出来事を文字化する仕事なだけだった。
 
 
 
 
もっと、自分を表現したいとさまよい歩いた結果、今ここに至る、、、
 
 
 
 
 
霊的能力者としての資質は、先祖的に受け継ぐものと魂的に持ち越したもの。
 
 
 
 
だから、比較的容易に職業たり得た。
 
 
 
 
だけども、「私自身」がいつも飢えていて、枯渇していたのは、自分を通してなんらかの表現をすることだった。
 
 
 
 
そうだ、私は表現者になりたかったんだ! いつでも。
 
 
 
 
なんで忘れていたんだろう、、、
 
 
 
 
 
 
本当は忘れてなんていなかった。
 
 
 
 
ただ逃げていただけ。
 
 
 
 
自分は表現者になんかなれない。
 
 
 
 
何も生み出せないし、何も創れない。
 
 
 
 
私が私を通して表現できることなんか、ない。
 
 
 
 
そうやって潜在意識が思っていじけていたことを。
 
 
 
 
 
そもそも私は作家になりたかった。
 
 
 
 
文章を通して自分を表現することをしたかった。
 
 
 
 
けど、諦めた。
 
 
 
 
でも、諦めきれなかった。
 
 
 
 
もがいた結果、意識の世界の仕組みを知り、作品を生み出す人になりたくて、それを拒否し続ける内側にいるもう一人の自分を説得したくて、この世界の探求が始まった。
 
 
 
 
目に見えない世界の探求。
 
 
 
 
だけど、本当には、私のしたいことは自己表現以外なかったんだ、、、
 
 
 
 
そんな、諦めと憐憫と、なんらかの代替物によって構成されていた自分の世界に気づかされた。
 
 
 
 
だって、私はいつでも逃げていた。
 
 
 
 
本当になりたいものから。
 
 
 
 
本当にいたい場所から。
 
 
 
 
自分を傷つける行為から、この世への果たし、罪悪感と自己卑下と、自己否定を繰り返し続けて、でもそんな自分を脱しようともがいて、そして今ここにいる。
 
 
 
 
まだこんなところにいる!
 
 
 
 
それをただ気づかせられる旅でしかなかった。
 
 
 
 
 
だって私は本当は、あれもこれも欲しいんじゃない。
 
 
 
 
たった一つのものがいつだって欲しかった。
 
 
 
 
自由な自己表現。
 
 
 
 
私を通しで表現できるもの。
 
 
 
 
本当はそれしかいらなかった。
 
 
 
 
なんでかっていうと、泣けたから。
 
 
 
 
いま、これを書いている今も泣いている。
 
 
 
 
なんで泣いてるのかわからないけど、心が泣いてる、内側の人が。
 
 
 
 
いつでもそこから逃げて、代替物で満足しようとして、だけど満足しきれない私は、それでも逃げずにそこに向かう。
 
 
 
 
逃げながら逃げずにっていうのもおかしいけど、逃げ続ける私から逃げない。
 
 

 

巨匠ルーベンスの傑作、『フランダースの犬』のネロ少年がどうしても見たかった「キリストの降架」。
 
 
 
 
見ていたら涙が出た。
 
 
 
 
キリストの死を悼む人々の情感が伝わってきて。
 
 
 
 
でも、その涙は違う意味もあったのかな。
 
 
 
 
 
その時、高次元の存在から言われたこと。
 
 
 
 
「あなたはただあなたであれ。
 
 
 
 
そして表現方法は一つだけではない。
 
 
 
 
ただあなたが自分を知るとき、自分には自分の表現方法しかないということを。
 
 
 
 
そしてあなたはただ知る、自分が自分を余すことなく表現するとき、それを許すとき、あなたはただあなたとして誰もできないことをする。
 
 
 
 
何者かになりたがるとき、何者にもなり得ない。
 
 
 
 
あなたはただあなたである。
 
 
 
 
そして自己表現はあなたの喜び。
 
 
 
 
あなたは表現者たり得ないのではない。あはたは表現者そのもの。
 
 
 
 
しかし、表現者であり得なかったとき、あり得ないことに苦しみ、あり得ないために生きようとした。
 
 
 
 
表現者として表現していくことを拒み続けている限り何も変わらないと。
 
 
 
 
表現者たり得たかった過去世を知るとき、再び時計は動きただす。
 
 
 
 
あなたが止めた時計。
 
 
 
 
 
この旅の終わりにあなたはただ知る。
 
 
 
 
この旅の深き目的を。
 
 
 
 
自分の居場所を定め直すのみならず、ただ自分が誰だかを知るのみならず、ただ自分のやりたいことをやることができるときのみ、最上のあらゆる全てが手に入る世界があるということを。
 
 
 
 
そのためあなたはこれまでもたくさんのことを経験し体験し、そして今ここにありますから。
 
 
 
 
あなたは表現者たり得る自分を解放するとき、ゆっくりと、しかし急激に世界は変わり始める。
 
 
 
 
そして楽しむ、真に人生を。
 
 
 
 
楽しみを今知れ。
 
 
 
 
ベルギーでの楽しみ。
 
 
 
 
飲み食い美しいものを愛でる。
 
 
 
 
それだけで人は豊かにならざる得ないと」
 
 
 
 
 
 
ここでは、アファメーションによるブロック解除を行なった。
 
 
 
 
喉が急激に痛んでひどく咳き込んだ。
 
 
 
 
喉のブロック、表現の第5チャクラのブロックが外れた瞬間。
 
 
 
 
ありがたかった。
 
 
 
 
そして、帰りの飛行機の中で、ブロックが外れる悪夢を見続けた。
 
 
 
 
指先から虫が出てきたり、全身のかさぶたが取れたり、ボロボロの格好で恥ずかしい自分に叱咤激励していたり、、、
 
 
 
 
 
そして私は今ここにいます。
 
 
 
 
矛盾だらけの、未だに迷ってばかりの私。
 
 
 
 
そろそろ卒業したいな。
 
 
 
 
まだまだかな(笑)。
 
 
 
 
 
変容の旅はまだ終わらない。
 
 
 
 
死ぬまで続くね。
 
 
 
 
ではまたねウインクキラキラ
 

 

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