それに先駆けて、今朝またハッキリとした夢を見ました。
いくつか見ていたうち覚えているのは数少ないのですが、そのうち2つをシェアしながら皆様へ情報をお伝えしていこうと思います。
まず夢の内容から。
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砂浜にいたはずなのに、気がつくと腰くらいまで海の中に浸かっている。
リュックを背負っていて、「このままだと波に飲まれて危ない、よかった気がついて!」と慌てて砂浜に上がる。
しかし、また気がつくと海の中に立っていて、今度は突然、10階建てのビルくらいの大きさの波が襲ってくる。
ものすごい高さの波がブワーッと持ち上がって「まずい、飲み込まれたら一貫の終わりだ!」と思いながら見上げ、なんとか助かるためにうまく波に合わせて中に突入する。
波が砕け散った後、周りにいた十数人の人たちが「あそこにボートがある、急げ!」という感じで泳いでいくので私もその背中をついて必死に泳いでいく。
救命ボートのヘリに掴まることができて、十数人は陸に引き上げられる。
陸に上がってからみんなで話をしている。
「全員助かったわけじゃないだろう?」
「何人かは逃げ遅れて波に飲まれたと思う」
「誰が助かって誰が助からなかったんだろう」
同じグループの人たちで波に飲まれたような感じ。
誰かが名簿を持っていて「これを見ればわかる」と言っている。
大きなタコみたいな皮膚のゴリラが一緒に引き上げられて来て、暴れそうになるがボヨンボヨンと弾んでいて、一見危険に見えて全く危険がない感じがする。
そこからまた皆で移動しようとしていると、突然、信号機が壊れて倒れて覆いかぶさってくるがプラスチックみたいな信号機なのであまり危険な感じがしない。
かすりもせず倒れて、「嫌だなあ」と思う程度。
車が向こうからやってきて、突然停まる。
ゾンビみたいな男が中から出てきて車内に誘うが、やはり怖くはなく、ただ鬱陶しいだけ。
「面倒くさいなあ、もう」
と思いながら歩き去る。
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さて、この夢のメタファーはなんでしょうか。
これはやはり、解除セッション中に見た夢ということで、多くの参加者の救出を含めた私自身の救出の夢です。
端的に言って、危険から助けられる夢ですが、どのような危険でしょうか。
水の中にいたこと、大波が襲って来たことなどを含めて考えていくと、これはお金に関する危険を回避した夢のようです。
また、水ですから、病気や不調、パートナー関係や恋愛関係も表しています。
これらのことが、今、危険な状態にあること。
そして、いったん崩壊に向かうように見える。
しかし、実はさほど危険ではなく、助けられていく。
そして再構築に向かうという、「スクラップ&ビルド」の「ビルド」の方にフォーカスが当たった夢です。
夢の中で崩壊していったのは、皆のアイデンティティに他なりません。
なぜなら、私たちは「これがいい!」と思い込みすぎているとき、実はそれはがいいと潜在意識は言っていない。
「これが欲しい!」と欲していて、そして手に入っていないとき、実際には潜在意識は全く欲しくありません。
つまりは、ここでいう大波は皆の「欲しくて欲しくてたまらない心」のメタファーであり、それが崩壊してみると、何てことない、それは特に欲しくもなく必要でもなかったと思える。
しかし、そう思う先から、それが手に入るようになってくるということです。
ここでは、大波が砕け散って命を奪われるかもしれない危険からの生還というメタファーも含まれているので、いく人かの方は、かなり大きな膿み出しとしてのショックなことや、物事が全て壊れていくように見えていくことが起きるかもしれません。
しかし、その先には、今伝えたような状況がもたらされ、次の場所へとぞろぞろ移動していく。
つまりは、ショッキングな出来事もそれほど大勢には問題がなくて、その先には驚くことがあってももう恐怖しない自分自身が備わっているということでもある。
恐怖しない自分が備わるということは、恐れが手放されている状態でもあり、恐れるようなことがこの先起きにくくもなります。
この解除セッションのメインテーマは「自己肯定感」ですが、実は自己肯定感の低さってグランディングの足りなさからももたらされる。
また、自己意識の薄さ。
さらには、「自分はもらってはいけない人間だ」という思い込みからも。
この解除セッションを経て皆が有するのは、単純に自己意識の高さだけではなく、「自分の人生は自分のものだ」という感覚と、それを創り上げていく自信と恐れのない状態でもあります。
その先駆けとしての、恐れと欲しがる心(恐れから持ちたがる心)の崩壊、それを知覚した夢でした。
さて、また次の記事では、この恐れの手放しと再構築の拡大版のような夢とその解説をしていこうと思います。
本日も最後までお読みいただきありがとうございました。