2020年6月15日

大きな気づきと変容について その1

 

さまざまなせめぎ合いが、最近私の人生に起きてきている。

 

 

それは、やはりたくさんのエネルギーが動いているからだと知った。

 

 

何にせよ、エネルギーが変わるのはいいことだ。

 

 

いいことと言うか、発見が大きすぎます。

 

 

たとえば、こういう気づきがあったとします。

 

 

「自分が自分を虐げてきていた、その本質をようやく理解する。」

 

 

こんなこと。

 

 

大好きだった自分の資質。

 

 

優しいとか頑張り屋だとか、人にものを頼まないとか、何でも独力で行って偉いとか。

 

 

そういう資質の全てが、実際には、自分を虐げさせるために用意されたトリッキーな罠だったと知ったら?

 

 

今、多くの方にお伝えしたいのは、まず、「自分が誇れる自分の資質」について考えてみて欲しいということ。

 

 

それは、いったい何でしょう。

 

 

何を誇りながら、これまで生きてきましたか?

 

 

人に迷惑をかけないこと。

 

 

誰かのために自分をいつでも犠牲にできること。

 

 

遅刻をしたり約束を破ったり、ミスや間違いをできるだけしでかさないこと。

 

 

ずうずうしくならないこと。

 

 

人に依存しないこと、他者に寄りかからないこと。

 

 

誰にも頼らず生きていける強さを持つこと。

 

 

我慢強くて決して弱音を吐かないこと。

 

 

理不尽なことがあっても、黙って引き受け言い訳をしないこと。

 

 

もし、こんなことだとしたら。

 

 

実はそれが、自分を虐げる大きな材料だったとしたら。

 

 

今、みんなに気づいて欲しい。

 

 

それは、自分の誇れる資質によって、自分はくたびれたり疲れたり、人から虐げられたりしてきていないか?ということ。

 

 

自分が自分をくたびれさせていることに、そろそろみんな、気づかないといけない。

 

 

たとえば私は、自分自身であまり我慢強いと思ったことは今までなかった。

 

 

普通だと思ってきた。

 

 

でも、ときどき、大変だった過去のことを母にチラッと言ったり気づかれたりするときに「そんな大変だったのに、何で一言も言わないの!」と驚かれたりすることがあって、「普通みんな言うものなのか?」と逆に不思議に思ったりした。

 

 

元夫にも、どんなに大変なときも相談をしたり頼ったりすることは、今まで一度もなかった。

 

 

お金の面でも、これまで他者に頼ったことは一度もない。

 

 

3回も結婚していて、相手は医者だったこともあるけど、誰からも一度も生活費をもらったことがない。

 

 

生活費をもらうどころか、家賃ですら全て折半してきていて、むしろ私の方が働いて多く出していたときもある。

 

 

それを不思議に思わないというか、むしろ周りに対して不思議でしかたなかった。

 

 

何でみんなもらえるの?と。

 

 

でも実は、自分で密かに知っているところはある。

 

 

私が人に弱音を吐かないのは、弱みを見せたくないから。

 

 

弱音を吐くと弱いやつだと勘違いされる。

 

 

それは嫌だ、同情とかされたらたまらないと、なぜか思い込んできた。

 

 

心配されること、手助けされることを毛嫌いしてきた。

 

 

大丈夫?と言われることは、私にとって屈辱でしかなかった。

 

 

頑張り屋の履き違えも甚だしかったこと。

 

 

今、本当にたった今、気づいたんです・・・。

 

 

もしかしたら、驚かれる方もいるかもしれない。

 

 

えっ、けいこさんて本当にそういう人だったの?と。

 

 

逆に、「私もそう!」という人がいるとしたら。

 

 

それは、「自分虐げ癖」という呪術にかかってます。

 

 

なぜなら、この狭い日本の中において、人に頼らず生きていける場所は一つもない。

 

 

やっかんだり、羨んだりばかりする人が多い中で、なぜ高潔であらねばと一人孤独に戦うのか。

 

 

みなさんに気づいて欲しいこと、もう一つ。

 

 

誰一人として、羨むような生活を送っているように見える人に、やっかんだり嫉妬しないでいられることは少ない。

 

 

そうなってくると、私がこうやって必死で一人で自分を守りながら築き上げてきたこの小さな城でさえ、やっかんだり羨んだりする人がいるってこと。

 

 

それにすら、思いがいったことはまったくなかったことにも、今気づかされた。

 

 

私は、人に羨まれるような人生をこれまで歩んできたことはないと断言できる。

 

 

ただ、自分で自分を誇りながら、孤独な道を歩んで来ただけなんだけど。

 

 

だから、もし、私の今の生活を羨む人がいたとしたら、私はキョトンとしてしまうし、それこそ途方に暮れる。

 

 

人っていったい何を羨むのか。

 

 

表面に見えること?

 

 

人から汚されないためだけに、必死に守り続けてきた結果、できた小さなコミュニティにすら、ケチをつけてくる人は大勢います。

 

 

それも含めて、大勢の方にお伝えしたいのは、ひるむ必要はないっていうことかな。

 

 

私の天然サイキックが近い未来に起きることを先に予想するとき、私は怯えて、自分を出せずにずっとここまで来たけど。

 

 

それもこれも全て、自分で自分を虐げ続ける魔法によって、大勢の人に知られれば知られるほど、やっかみや嫉妬や罵声が飛んでくることを察知していたからなんだと。

 

 

その癖さえなければ、もっといろいろ早かったんだと。

 

 

これも、今知りました。

 

 

またもう一つ、大きな気づきが最近あったのですが、これついては、長くなるので記事を分けますね。

 

 

それではいったん

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