2020年6月17日

自分が大事にし続けてきたものこそ自分を汚すもの

プレアデスから続くレムリアの呪いとも深く関係していて。

 

 

また、エメラレルドタブレットから連なるエジプト、アレキサンドリア、シナイ山とのラインともかぶる。

 

 

こんな、深いスピ話はいったん置いておいて。

 

 

今回のセッションで私が得たのとほぼ同じ体感を得ていらっしゃる、というところにいたく共感したので、今日のブログの題材として取り上げてみましたが。

 

 

これを読んでいる読者の方にもお尋ねしたいのですが、最近、急に怒りが鎮まってきたという方。

 

 

逆に、ものすごくセンシティブになって何かと涙を流したり感じ入ったりしてしまうという方がいたとしたら、それらはみんな呪術解放の合図です。

 

 

私は今回、自分自身で初めて、根深い呪術の解放に参加し、体感し、そして実感したのは、「恐ろしい」という感覚。

 

 

感覚というか、感想です。

 

 

どういう意味かというと。

 

 

呪術が解けて続々と分かってくるのは、自分が大事にし続けてきたものがほとんど、呪術によって作られた間違った意識だったということ。

 

 

そして、それを大事にし続けるからこそ、得られない全てのこと。

 

 

だけれども、呪術にハマっているので気づけない。

 

 

気づけないどころか、それを奪われまいと必死に日々の生活を送っていた。

 

 

それだけは、大切なそれだけは手放したくないと。

 

 

でも、それが、それこそが、自分の前進を阻み、また疑いを作り、苦しみを引き寄せていたのだと。

 

 

今回の、一連の呪術解除セッションを経て私が痛感したのは、ありとあらゆる分野にある「勘違い」と「間違い」の大元が呪術によって作られていたのだということ。

 

 

そしてそれが全て今言った、「素晴らしいと思い込んでいて手放せなかったもの」に付随していたこと。

 

 

分かった今、鳥肌が立ってゾッとしています。

 

 

あれも、これも、あれもだったのか!と。

 

 

どの分野とは申し上げられませんが、たとえば、教科書的な教えをコンコンとしてくれるような場所。

 

 

そこに行くことで、素晴らしい教えは得られたが、その代わりに酷いサイキックアタックに遭って帰ってきていたり。

 

 

あるいは、人を信じ込んで、信じ込まされて、その人にかしずき、かしずき、していた挙句に全部取られていたとか。

 

 

挙句、すべてが自分のせいだと思い込まされていたり。

 

 

枚挙にいとまがない。

 

 

そしてそこから生まれてきていたのは、悲しみと怒り。

 

 

怒りは悲しみを生みます。

 

 

痛みを生む。

 

 

そしてそこから、もうこれ以上痛む傷をえぐられないように、人を避け、人目を避け、また一人ぼっちで孤独になっていく自分を嘲笑う。

 

 

おそらく、Aさんもこんな呪術にかけられて久しくて、でも、すべてが解けてきたからこそ、怒らなくなった。

 

 

おおらかさの履き違えも起こさなくなったせいで、取られ続けることもなくなってきた。

 

 

そうすると、金銭的余裕が出てきて、それは心の余裕につながり、家族をどやさなくなったり不機嫌にならなくなることで、家族は一層団結感を増す。

 

 

そうやって、一つ一つの術を紐解いてみると、結局、あくせく働いて疲れ果て、外の人に体面上いい顔をし続けて、その代わりに怒りを家族にぶちまけていた。

 

 

その挙句、家庭崩壊や仮面家族が現れてくる。

 

 

その状態こそが、術なのだと、気づく。

 

 

徳川の呪術、と私が言うもののほとんどはこの状態を作る根深い呪術です。

 

 

だから、私が解放されていくことで、大勢の人たちもきっと解放されていくのだと信じます。

 

 

もう少し深く解説していきたいのですが、長くなるのでいったん記事を分けますね。

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