2020年9月10日

恐れを内包させながら生きる現代人にとって、この世は生き地獄

 

 

眠っていたのです。

 

 

セッション後、ものすごい睡魔に襲われて起き上がれなくなり。

 

 

個人セッションとかの話ではなく、今日から始まった3回、5回、7回セットの『人生を大転換させる呪術&呪いのディープカット』セッションの後です。

 

 

異常睡魔でした。

 

 

 

まだ眠いのですが、廃人になってしまいそうなので起きてこれを書いています。

 

 

 

やはりまだ、たくさんの方が内側に恐れを抱えているな、と感じました。

 

 

恐れの正体ってなんでしょうか。

 

 

それは、ほとんどがかつてした「体験」から来る、記憶の塊。

 

 

私たちは知っている。

 

 

本来の自由さを奪われて生きることの苦しさを。

 

 

体験的に知っている人もいれば、そんな体験をしたこともないのに、ただ記憶がそこにある人もいます。

 

 

たとえば、古代中国の残忍な皇帝に理不尽に殺された人がいたとしましょう。

 

 

するとその人たちは恐れる、権力を持つ男たちを。

 

 

そして、そういう男たちとなるべく関わらないように生きようと思う。

 

 

それはたとえば、上司として表されたならば、その人は理由もわからず上司が怖く、父権的な存在を避けようとする。

 

 

するとその人は、出世競争から置いていかれそうになるかもしれない。

 

 

なぜなら、父権的な存在に睨まれ、怒られることは身が縮まるほど怖いから。

 

 

なるべく目立たないようにして、体を縮こめ会社にいる時間をやり過ごそうとすると、その人は「できないやつ」のレッテルを貼られる。

 

 

それだけでなく、皆から疎んじて扱われるようにもなるし、軽く見られて相手にされなくなる。

 

 

恐れの正体は、今から3000年も4000年も前の大元にあるのに、今、この時代にそれで損をする。

 

 

馬鹿馬鹿しくないでしょうか?

 

 

実際には、そういった恐れって一回だけの過去世体験でくっついてしまうものではなく、たいていは何度も何度も同じパターンを繰り返してしまい、もう簡単には拭いされないほど、魂に染み込んでしまう。

 

 

だからこそ、ここで取り上げたいのは、まずそれに気づいてねっていうことと、それは取れなくないから、ということ。

 

 

いうほど簡単ではないにせよ、それは取れます。

 

 

その恐れエネルギーがある限り、私たちは努力をやめられないばかりか、その努力をした成果を他者に取られていく。

 

 

本当に馬鹿馬鹿しいんです。

 

 

たとえば、ある種の人たちは、恐れなんて自分は持っていない、と決めつける。

 

 

そういう人に限って、たくさんの恐れを内包させているから始末に負えない。

 

 

恐れの退治は、今本当に必要です。

 

 

本来、私たちは皆自由な存在のはずです。

 

 

どこででも、誰とだって生きていける。

 

 

だけれども、恐れを多く内包させる方々においては、限定された地域の、限定された生き方しかできない、したくないと思い込む。

 

 

まずは、今の時代は、この思い込みから解除していくことが大切かもしれません。

 

 

なぜなら、どこにでも住めるとき、私たちの可能性は飛躍的に上がる。

 

 

もっとたくさんの人たちと知り合えるでしょう。

 

 

もっとたくさんの体験ができるでしょう。

 

 

それにより、人生の経験値が上がるだけでなく、たくさんの人に取り囲まれた華やかな幸せを享受しつつ、たくさんのギフトを自分にもたらすことさえできるようになるかもしれません。

 

 

たとえどこにいたって、私たちは私たちでしかない。

 

 

生まれがどこだって、今どこに住んでいたって、あなたはあなたです。

 

 

変わりようがない。

 

 

だけど、私たちがそれすら恐れるとき、私たちはどこにも行けない人となる。

 

 

ここでいう「どこにも行けない人」とは、物理的な話ではなく、心理的な要因を含む、「どん詰まり」にいる人たちのこと。

 

 

どん詰まりとは、すなわち、どこにも希望を持てない、人生の落とし所を自分で決められないということでもあります。

 

 

たとえば、子供の教育に熱心な親たち。

 

 

それは実は、自分の人生を放棄しているからこそかもしれません。

 

 

自分について考えるよりも、子供、子供、子供。

 

 

この思想こそが、私たちがいまだに捕らえられている監獄のような、オリのような、夫からも妻からも逃げられないような、心の闇を作るとしたら。

 

 

要するに、親が自分の人生を放棄し、どこに希望の光を見出そうかとするときに、目の前の子供に対して希望を見出す。

 

 

そして、理想を押し付け、常識でがんじがらめにし、本質を理解し愛そうとするよりも、ただ栄誉、お金、地位、立場。

 

 

それを得るためだけの、「教育」と称したエゴの押し付けをし続ける。

 

 

それを与えてあげられる自分たちは素晴らしいと親が思っている限り、犠牲者としての子供たちはいなくならない。

 

 

私たちはなぜ、地位や立場に縛られるのでしょう。

 

 

それを得ないと落ち着かないのでしょう。

 

 

それこそが、恐れであるということです。

 

 

恐れがあるとき、何か安心材料を得ておきたい。

 

 

お金があると安心かもしれない。

 

 

地位や立場を確保できる人と一緒にいることは、一時的な安らぎを与えてくれるかもしれない。

 

 

すべて幻想に過ぎない。

 

 

私たちは私たちでしかあれないし、誰かや何かによって定義される自分であるときに、それは虚しい。

 

 

そして、そこから堂々巡りは始まっていく。

 

 

結局、同じ話を延々としているだけ。

 

 

すべて恐れなのです。

 

 

恐れ発信の考え方、物事のチョイス方法を身につけ、身を守るためだけの行動をしている限り、何も変わらないということ。

 

 

今日は少し暗めの話題でしたが、今の時代、これを取り外さなくてはどこにも行けない人になるばかりでなく、小さくまとまり、非常に些細なことにこだわり、いちいちイライラし続けるという、超不快な人生しか選べなくなります。

 

 

恐れを手放しましょう。

 

 

自分たちのための人生を生き切りましょう。

 

 

それができる時代、それこそアセンションした地球の特徴です。

 

 

明日は明日の風が吹く。

 

 

アシタマニアーナ。

 

 

すべての人にとって、この地球が住みやすい素晴らしい場所となりますように。

 

 

それでは、本日も最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

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