2020年11月6日

新しい意識に至って気づいたこと、それは「今この瞬間の自分の気持ち」をおざなりにしていた自分

 

 

新しく細胞の一つ一つが書き換わる感覚。

 

 

こんな体感を得た今朝のことですが、今起きて普通に活動している私自身は、何がどう書き換わったのか、さっぱりわかりません。

 

 

エネルギーの変容にはタイムラグがあるという話を前にブログで書きましたが、それは必ずそうであること。

 

 

でも、それだけじゃなくて、私たちはわからない、自分の意識がどこでどんな風に使われていて、それがどういう結果を人生にもたらしているのか。

 

 

たとえば私は今回、セドナを一人で旅して実感したことがある。

 

 

それは、「自己肯定感、上がったな」という確かな感覚。

 

 

なんでそれに気づけたかというと、ぜんぜん、英語、通じてない。

 

 

だけども、全くびくともしていない自分がいた時に。

 

 

前の私だったら、ものすごくビクビクしていたし、聞き返されるたびに「ごめんなさい、ごめんなさい」という気持ちになっていた。

 

 

一人でレストランに行くのも嫌だったし、ドキドキしてなるべく人と関わらないようにもしていた。

 

 

でも、今回はそんなことがぜんぜんなくて。

 

 

レストランにも予約なしでどんどん入れたし、英語がいまひとつ通じてなくても、まあ仕方ないで済ませられた。

 

 

何より、好きなものを好きな時間に食べたい気持ちの方がまさっていて、それで通じない英語や一人で外国人だらけのレストランで食事することも気にしないでいられた。

 

 

前の私なら、食べたいけど恥ずかしいし怖いし、我慢してコンビニ的なお店で買った、冷たくて美味しくないサンドイッチとかでお茶を濁していただろう。

 

 

これって、外側の世界が変わったんじゃなくて、内側の自分が変わったから。

 

 

前より海外に慣れてるとかそういうことではなく、ただ自分を大事にする気持ちが育ち、自分を情けないとか恥ずかしとか思わなくなって、さらには自分を愛したい気持ちが、人からどう見られるか、にまさってきたということ。

 

 

これこそ、自己肯定感の一つの仕組みなのです。

 

 

前はどれだけ自分に自信がなく、怖がりで、自己肯定感が低かったのかと、こういう新しい意識で世界を生きる時、本当にびっくりする。

 

 

それは本当に窮屈で、怖くて、狭くて、大変な世界だった。

 

 

日常の中では気づけない変化に、こういう風に場面が変わると気づけたりします。

 

 

そして、これまでの意識で創ってきた世界と、これからの意識で創っていく世界は、必ず変わっていくのです。

 

 

 

で、今朝の意識の変容についてなのですが、まだ気づけていない。

 

 

と思ったけれど、さっきちょっとした気づきがありました。

 

 

それは、「私はいつでも人に気を遣って、自分の気持ちをおざなりにしていたな」ということ。

 

 

もう少し具体的に言うと。

 

 

ちょっとしたガッカリすることがあって、でも、それを相手に言ったら悪いからと、一生懸命自分にああでもない、こうでもない、と言い訳をしていた。

 

 

忙しかったんだよね、とか、何も考えていなかったわけではないはず、とか。

 

 

怒ってはいけない、不機嫌になってはいけないと、なんとか自分の気持ちを立て直そうとしたりして。

 

 

だけども、結局、嫌味っぽい言葉を連発したり、そっけない態度を取ったりして、そのあと、とっても嫌な気持ちになった。

 

 

しばらくボーッと考えていて、待てよと。

 

 

相手だって嫌な気持ちになったかもしれないけど、何より、なぜ私が未だ嫌な気持ちでい続けているのかと。

 

 

おかしくないかと。

 

 

私の世界は私のためにあるはずであり、私はもっと今この瞬間の自分の気持ちにフォーカスして、それを大事にしてもいいんじゃないかと。

 

 

要するに、自分を抑えて気分が悪くないふりをするよりも、はっきり正直に自分の気持ちを表現してスッキリする方がよかった。

 

 

そしたら私は嫌な気持ちを引きずらず、言いたいことを言ってスッキリできて、少なくとも今より気分は良くなっていたはず。

 

 

その方が、相手との関係もきっと良くなったに違いないと。

 

 

 

さらに、この観点で私のこれまでの振る舞いや選択を見直してみた。

 

 

無理に見直そうとしてみたのではなく、自然と思いが至ったのですが。

 

 

そして、やはり気づいて愕然としたのは、私は常に「今ここにいる自分の気持ち優先」で物事を考えていなかったこと。

 

 

相手優先というと聞こえがいいが、そうではなく、人からどう見られたいかが第一に来ていたことに気づいた。

 

 

お店のスタッフ、ホテルの客室係、親しいとか親しくないとか関係ない友達や知り合いの類に至るまで、常にそうだったことに。

 

 

ああ、そうだったのかと。

 

 

これまで、どうにも狭苦しくて、息苦しかった世界は、私のこの意識によって創られ続けてきたのかと。

 

 

気づいた。

 

 

これはやはり、セドナ遠隔のたまものであると同時に、今朝方の細胞の一つ一つまで書き換えられる感覚によって変わったエネルギーによるものだと思う。

 

 

 

とはいえ、まだ、エネルギーはこれからも変わり続けていくでしょう。

 

 

また、後から気づく部分も多いと思う。

 

 

その変化は、おいおい、気づいたところからシェアをしていきたいと思います。

 

 

またセドナの話もしていこうと思いますが、今日はいったんここまで。

 

 

本日も最後までお読みいただき、誠にありがとうございました。

 

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