2017年3月27日
曹洞宗の大本山・永平寺に入山してきました!(3)
こんにちは、あべです

昨日と今日は、X大社でとっても感動的な式典に参加してきました。
いつもながら神様のご手配に感謝

感動の時間を共有してくださった方々にも、心から感謝の意を表します。
ますます驕らず謙虚に、神ながら精神で世のため人のために尽力していく所存でございます。
みなさまこれからも末永くよろしくお願いいたします



さて、永平寺の続き。
入山体験の初日は、夕食、座禅、そしてお坊さんのお話・・・。
このときのお坊さんのお話ですが、印象に残ったフレーズを一つ。
「その人の行いがその人そのものとなっていく」
肩書きや地位名誉や何を持っているかで「誰」と決まるのではなく、行いそのものがその人である。
何かになろうとする必要もなく、自分が「自分」そのもの。
そんなお話でした。
心に響きました。
そしてそのあと永平寺の修行僧「雲水」さんたちの日々を描いた映像を見ました。
厳しい修行の日々がそこにはありました。
ちょうど私たちが行った2月〜3月のこの時期、毎年新しい雲水さんたちが入山にやってくる。
しかし、簡単に入れるわけでなく、先輩の修行僧との間で決まったやり取りがあるという。
ちょっと分かりづらいですが、ここが山門。
まだ雪が残る2月のある日、法衣に笠をかぶりワラジ姿の新入り雲水さんたちがやってくる。
この山門を雲水さんたちが通るのは生涯で2回だけ。
1回目はやってきた時、そして2回目は去っていく時。
そして、入山を希望してきた雲水さんたちはすぐに入れてもらえるわけではなく、約1時間半、寒空の中待たされる。
その後、先輩の修行僧がやってきて「本当に修行をやっていく覚悟はあるのか
」という問答を行う。

一通りの問答が終わり、やっと許されるのは山門に立ってから約2時間後のこと。
あまりの寒さに耐えきれずにここで帰ってしまう人もいるんだとか。
案内してくれた雲水さんは、雪が降る寒い日に半袖半ズボンに近い格好で裸足にワラジでこの入山体験をして、トラウマになってしまったと言っていました・・・。
こちら、山門の正面から見た景色。
入山すると、毎朝春夏は3時半起き、冬季は4時半起き。
毎朝座禅を組み、毎朝1時間お経を唱え、全員で一斉に掃除。
この階段もピカピカでした。
ちなみに今は壁と屋根がありますが、その昔は階段だけで雨雪をしのげる場所ではなかったそうな



掃除の後、おかゆの朝食をいただき、さまざまな作業を行う。
永平寺の中は会社みたいに約20のセクションに分けられていて、役割分担がそれぞれあるんだそう。
昼食を挟んでまた作業、夜にまたお経を読んで座禅を組んで夕食を食べて21時消灯。
ここではあらゆるすべての作法が決められており、無駄口は厳禁。
一年中、法衣に裸足という薄着で過ごすそう。
よほどの強い意志と仏道を求める心がなければ、修行を続けていくのは難しいそう・・・。
案内してくれた雲水さんは「毎年みんな栄養不足で脚気(かっけ)になる」と笑いながら話してくれました。
さて、そんなこんなで初日は21時に就寝し、2日目の朝。
3時40分に起きて、4時10分から座禅体験。
今度はお堂の中で坐蒲(ざふ)を使って座禅を組みました。
「永平寺に行くように」と導きをくれたX大社のご祭神の一柱であるおじいちゃんが、前日「導きは明日降ろします」と言った。
その言葉通り、座禅中におじいちゃんが降りてきた。
おじいちゃんは言う。
「自分を見つめなさい
」

自分を見つめる

自分を見つめるって・・・

「ぬしはどう生きたいのか」
どう生きたい

私はどう生きたいんだろう

本当は何がしたいんだろう

あと30年ちょっとしか生きないとしたら、この短い期間に何ができる

どうやって生きたいのか。
改めて考えた。
よくわからなかった・・・



そしておじいちゃんはこうも言った。
「今後、騒音が多くて大変だが多くの人の役に立って行く人生を生きるか。
それとも、個人的な喜びを優先させた、騒音は少なく楽な人生を生きて行くか。
今選びなさい」
そんなの答えは決まっている。
「騒音が多くても人の役に立っていく人生を選びます
」

迷わず言った。
いくら想像してみても、ラクで楽しいだけで、チャレンジも成功も充実感もない人生なんて、つまらなくて後悔しか残らない感じがした。
おじいちゃんは言った。
「よろしい。では次の導きはX大社で降ろします」
それきりおじいちゃんは話しかけて来ず、導きは以上だった。
座禅が終わった後、お堂で1時間お経を聞いてお焼香をし、雲水さんに案内してもらって永平寺内を見学。
お堂の中はとっても寒くて、お経を聞きながらが冷え切った。
その後、朝のピリッとした空気の中、白い息を吐きながら寺内見学。
終わって暖かい部屋で熱いお茶を出され、一口飲んだ時、なぜか涙が出そうになった。
感謝・・・て思った。
あったかい部屋と熱いお茶がこんなにありがたいなんて・・・。
そして20代前半と思しき雲水さんの話を聞いた。
テレビもSNSもなくて世の中で何が起きてるのかもわからない。
外とのやりとりは書簡だけ。
朝から晩までやることがたくさんあってあっという間に時間が過ぎる。
休み時間などはなくて、4と9のつく日だけカミソリで頭を丸める時間があり、その時の余った時間だけが唯一の休める時。
食べ物がすべて決められていてお菓子も肉も食べれず、栄養不足で毎年新入りは脚気になるが、体は慣れてきて大丈夫になる。
時間や作法を守らないのも厳禁で、ちょっとでも守れないとめちゃくちゃ怒られる。
などなど・・・。
道元禅師が永平寺を開かれてから約770年。
ずーっと守られ続けてきた厳しい戒律の重みと、仏道への想い・・・。
なんだか圧倒されてしまった。
そして、廊下に貼ってあった、道元禅師の言葉のポスター。
この一枚に目が釘付けになった。
生まれたものは死に
出会ったものは別れ
持ったものは失い
作ったものは壊れます
ライフラインで見た、輪廻繰り返す人生と、出会いと別れのシーンが頭をよぎった。
そしてこの言葉も響いたな。
仏教は、世を導き
人を助けることを願う宗教です
なんだろう

いつでもすぐブレていく自分。
またここでも気づかされた。
これかおじいちゃん、私に「永平寺に行け」と言った理由は。
仏道、あるいは神道。
神の道を本当に歩む気があるのか

歩んでいるのか

そんな問いかけだったんだな。
この永平寺体験の2日後、X大社で班(講)の発会式だったんだ。
年に一回のご先祖供養の浄霊祭もあって。
そこで改めて感じた。
「ああ、私は神の道を選んだんだなあ〜」
って・・・。
おじいちゃんが「続きはX大社で」と言ったわりに何も言ってこなかったんだけど、それでも体験を通して伝わった。
私は本当にこの道を歩んでいくことになったんだって、なんだかしみじみ。
でも、神様と歩む道は安らかな道でもあるな。
単純明快だもの。
神ながらの考え方。
世のため人のためという考え方。
これだけでいいならとってもシンプル。
まあ〜、私のことだからまたブレちゃうかもだけどね

何度でも戻ってくるよ

ありがとう、おじいちゃん

ありがとう、永平寺

ありがとう、雲水さん、道元禅師

人間あべけいこは人間臭く、しかし神を愛して神の道を生きるよ

生きたいよ。
ではまた



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