2020年6月23日
徳川家康の遺訓、その正体とは
一昨日、呪術解除ミドルとしての『自分を好きになり自分のために生きられる状態を創る』セッションを行いました。
このセッションの主目的としては、徳川幕府によって庶民がかけられた根深い呪術を解くというもの。
そしてその呪術は、私たちに時を超えて根深い「自己肯定感の低さ」というものを作り出していた。
この呪術が解けてきてわかるのは、いかに自分が自分を虐げるアイデンティティを、さもさも素晴らしいことのように持たされていたのか、ということ。
のみならず。
自分を愛さない状態が当たり前であるというアイデンティティを持たされ、自分好きはまるで悪いことのように思わされ、いらない罪悪感も作らされていた。
私たちが気づかないといけないのは、なぜ、私たち日本人は、自分を虐げ、差し置き、卑下することをこれほどまでに重要視し、それが当たり前であると気づきもしないで生きているのかということ。
そして、その一つの理由を私は解除セッション当日に知ることになったのですが。
解除セッションをお受けくださったN.Mさんが、一つのメッセージをくださったのです。
それは、徳川家康の遺訓について。
遺訓とは、家康が将軍を退任する時に読んだ、家康のレガシー、教訓です。
有名なのでご存知の方も多いでしょうが、ご紹介します。
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人の一生は重荷を負うて遠き道を行くがごとし。急ぐべからず。
不自由を常と思えば不足なし。
こころに望みおこらば困窮したる時を思い出すべし。
堪忍は無事長久の基、いかりは敵と思え。
勝つ事ばかり知りて、負くること知らざれば害その身にいたる。
おのれを責めて人をせむるな。
及ばざるは過ぎたるよりまされり。
ーーーーー
《おおよその意味》
人の一生というものは、重い荷を背負って遠い道を行くようなものだ。
急いではいけない。
不自由が当たり前と考えれば、不満は生じない。
心に欲が起きたときには、苦しかった時を思い出すことだ。
がまんすることが無事に長く安らかでいられる基礎で、「怒り」は敵と思いなさい。
勝つことばかり知って、負けを知らないことは危険である。
自分の行動について反省し、人の責任を責めてはいけない。
足りないほうが、やり過ぎてしまっているよりは優れている。
ーーーーーー
これは、これこそ、私のガイドたちが言うところの「徳川の呪いだ」と、愕然としたのです。
昔、何の気なしに見たときには感じなかった嫌らしさが、今、呪術が解け始めてみると深く感じる。
なぜ、こんなアイデンティティを刷り込まれなくてはならないんだ、お前は一生を御殿で威張り散らかして過ごし、大勢の人を騙して全てを手に入れたというのに。
そんな怒りとともに、これは単なるレガシーではなく、この刷り込みをすることで私たち庶民を封じ込めたのだと、悟った。
私たちは普段から、何気ない人の意識や考えを、まるで自分のもののように吸い込んでしまいがちです。
幼い頃ならなおさらで、両親がこのような遺訓のもとに育てられたとしたら、そのアイデンティティはまるで呪文のように私たちの懐に忍び込む。
忍び込むだけでなく、私たちは次の世代にもきっとこのアイデンティティを刷り込んでいったでしょう。
なぜなら、私たちだけ我慢して、重荷を背負わされて一生を歩かされ、次の世代が良手放しでラクラク幸せを得て行ったら、悔しくてたまらないから。
私たちだって我慢したんだ。
なら、お前たちも我慢しろ、とまるで理由にならない理由で次の世代を封じ込む。
次の世代とは、子供たちだけでなく、後輩や部下や、およそ目下と思えるものたちすべてに。
そして、呪術が肉体的にかかっている人たちは特に、そのアイデンティティの押し付けを不自由とも思わず、理不尽とも思わず受け止める。
これが、長い長い連鎖としての、私たち日本人の封印の様式だったと。
悟りました。
メッセージをくださったNさん、誠にありがとうございました。
このタイミングでこれを理解したのも、やはり、一種の呪術の解放なのだろうなと思います。
そして当日の朝はやはりものすごい混沌とした、たくさんの人たちが押し合いへし合いしている夢を見たのですが。
長くなるのでまた今度。
これはやはり、呪術に注目しながら、全体として下部のチャクラに手をかけていくようなセッション。
三回セットということで、コンコンと、徹底的に、皆の自己肯定感の低さや自己愛の薄さに手をかけていきます。
またこのセッションのご報告は後日。
それでは、本日も最後までお読みいただきありがとうございました。
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