2021年2月19日
自己肯定感の低さを持つ全ての人へ送るメッセージ
今朝方、『自己肯定感の低さを形づくるあらゆるブロックの解放』の4回目を行いました。
けいこ ヴァールハイト Keiko Wahrheitスピリチュアルメンターwww.keikowah.com
回を重ねるごとに、降ろされるエネルギーが強くなってくるのは常なのですが、今日のエネルギーは私にも強すぎて、まともに起きていられないような状態になった。
最後の方は、ソファの上をのたうちまわりながら、必死でエネルギーを受け止め、メッセージと共に流す、そんな具合にもなりました。
改めまして、ご参加いただいている方々、誠にありがとうございました。
さて、今日の話題はこの解除セッションから。
やはり「自己肯定感の低さ」を埋めていくことがどれだけ大事か、という話につきます。
今現在、地球に生きておられる人の概ねほとんどは、自分が自己肯定感がそこまで低いと思いながら暮らしていません。
でも、とてもシンプルに言うと、自己肯定感が低くない場合は、ほとんど全てのことは問題なく滞りなく進む。
たとえば、学校の選択、職業の選択、配偶者の選択、あらゆる重要な選択の場面で、間違えることはほとんどない。
間違えないということは、その後の人生も概ね良好であり、たとえ小さな問題が起きることがあっても、積み上げ型の人生は思った通りに積み上がっていく。
すなわち、人生の成功者たり得るということ。
なぜならば。
ここからが大事なので、ぜひみなさんに聞いていただきたいのですが。
自己肯定感の低さって、どうしても自己愛の薄さとつながる。
自己愛が薄い人は基本的に自罰ブロックも持たされています。
自罰ブロックを持っている人の場合、人生の要所要所で、自分に間違った選択をさせ続ける。
学校選択、仕事や職場の選択、また最たるものはパートナーの選択です。
先日もブログに書いたように、今現在の地球の仕組み上、誤ったパートナー選択はその人にとって致命的なミスになり得る。
どんなに素晴らしい資質を持っていようとも、パートナーを過ち、一つ屋根の下で暮らすようになった途端、その人の人生は急転直下、苦しみの方向に流れ出す。
それに気づかないとしたら、よほどそのパートナーが狡猾で、口八丁手八丁で、その人の人生が下降している理由を自分ではないところに見つけ、それを言い立てるでしょう。
「結婚したのだから当たり前だ」
「家族とはそういうものだ」
「生活していくということは厳しいことなのだ」
などなど。
本当はそうではありません。
その相手と結婚しさえしなければ、その人はもっと自由にお金を使えたかもしれないし、もっと好きにあちこちに行けたかもしれません。
誰のことを言っているのでもなく、結婚や同棲を開始した途端に不遇な生活が始まったと感じている人々に対して伝えています。
また、家宝を持たされない、持たされるということに対しても言及していきたいです。
人の運て、結局はエネルギー状態の良し悪しであるということです。
このとき、家宝ってなんでしょうか。
人によっては、安定したお給料や安定的に住める家です。
しかし、また別の人にとってみたら、それは冒険をし続けることができる人生観と、それが達成し続けられる生活かもしれません。
人によって真実の喜びが違うときに、なぜ大勢の人は十把一絡げに「喜びや家宝とはこういうもの」と思い込み、その世界観を押し付けてくる人に抗えないのでしょうか。
それは、自己肯定感が低いからに他なりません。
自己肯定感が高い時、自分の感覚や喜びや思いを真っ直ぐ信じ、それをただすんなりと実行することができる。
このとき、たとえ他者がもっともらしい理論でその人をコントロールしようとしてきても、
「自分はそうじゃないから」
とはっきりとそれを退ける事ができる。
すると、自分を不遇な状態に追いやってきた妻や夫や子供や、あるいは親との関係性すら、自分を大事にするという名目で断ち切ることができるのです。
自己肯定感が低いとこうはいきません。
「親を蔑ろにすることはよくないことだ」という、大義名分的な、この世の中で言われていることを鵜呑みにして、これを指標にして、毒親にせっせと貢ぎ続ける。
嫌だと思いながらも。
嫌だと思う自分の心が狭いのだと、非常に間違った自分を責める文句さえ言いながら。
あるいは、「離婚をすることは家庭放棄だ、責任放棄で良くないことだ」と思い込み、延々と自分から取り続ける夫や妻のために傅き続け、差し出し続ける。
要するに、家族の犠牲者になっていく。
自己肯定感が低くなければ、たとえ家族や親族であってもクールにドライに、一定の距離を置いて迷惑をこれ以上被らないように生きていくことができます。
ですから、やはり自己肯定感の低さを少しでも埋めていくことは、その人の人生を幸せにしていくことに役立つ。
とても重要なトピックスだと言わざるを得ません。
今、自己肯定感が低くないつもりで暮らしている多くの人たちに問いかけたいのは
「あなたは自由ですか?」
「あなたはやりたいことがわかっていますか?」
「そのやりたいことをちゃんと自分の責任の範疇でやれていますか?」
以上。
であるときに、この質問に一つであっても「NO」という答えがついた人は、やはり自己肯定感を引き上げていくことについて、真剣に考えて行った方がいいでしょう。
それが、自分自身を大切にし、自分のための人生を生きていくということだから。
私たちの人生は有限です。
あと何十年かすれば、確実にこの世からいなくなります。
そのときに、いったい何をこの世に残すのか。
あるいは、自分が生きた証をどこに求めるのか。
ぜひ今日は、その問いを噛み締めながら生きていただけたらと思います。
他者に取られるだけでない人生観を、今すぐ持っていただきたい。
これが、今日、皆様に送るメッセージと想いになります。
それでは、本日も最後までお読みいただき、誠にありがとうございました。
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