2019年9月29日

過去世体験の記憶がどのように人の人生に作用するのか

 

 

先日は、先祖供養をするとどういう変化が現れるかについて書きました。

 

 

今回は、過去世カルマのお掃除をすることの意味と、その重要性について書きたいと思います。

 

 

いわゆる「ブロック」として知られている、この2つの問題。

 

 

1つは肉体にかかるカルマ的要素として、もう1つは魂の記憶にかかるものとして、どちらも無視できない問題です。

 

 

かつて私は、あまり先祖供養という考え方に馴染まなくて、魂は繰り返し肉体に宿って生まれ変わりを繰り返すから、記憶は魂側にしか影響しないと考えていたこともありました。

 

 

しかし、自分がこうした探求を深めていくにつけ、どちらも重要であること、またどちらも影響力は等分にあると考えるようになった。

 

 

(影響力は等分でも、人によってどちらの比重が高いかはそれぞれですが)

 

 

さらに、最近では呪術の解除に非常に興味が出てきて、過去世の回収だけでは解決できない魂側にかかる問題として、とても重要視するようになってきています。

 

 

呪術についてはたくさん言えることがありすぎて、またその形態も多岐にわたりすぎるためここではいったん除外して、通常の過去世カルマについて話を進めていきます。

 

 

過去世カルマと一口に言っても、様々な形態があります。

 

 

まずオーソドックスな部分としては、未だ死んだことに気づいておらず、あの世とこの世の狭間でウロウロしている自分の一部分。

 

 

いわゆる、幽霊としての自分です。

 

 

たとえば、子供を残して死ぬことになって、「死にたくない!」と強く思いすぎたため、未練を残してこの世を去れない。

 

 

すると、その影響力はどう出るか。

 

 

実際には人によって様々ではありますが、たいてい「子供を持ちたくない」という風に出ることが多いです。

 

 

あるいは、「結婚などしたくない」。

 

 

もしくは「子供嫌い」。

 

 

なぜかというと、「子供を残して死ねない」と強く思うということは、とてもとても悲しい気持ちとともにそこに残されているわけです。

 

 

孤独感、焦燥感、厭世観。

 

 

そして、その子供に対する強すぎる想いと、辛く儚いその時生きた生の記憶。

 

 

それらは、時空を超えて「今」に生きる私たちに影響し続ける。

 

 

すると、なぜか子供を見ると泣けてくるとか、「どうせ子供なんて私は持てっこない」となぜか思ってしまったりする。

 

 

ところが、その自分の幽霊を回収し、あの世に送り届ける。

 

 

するとどうなるか。

 

 

「何をあんなに儚んでたのかな?」と不思議になるほど、この世に対する哀しみが消えたりします。

 

 

また、子供を持つことを恐れなくなる。

 

 

実際には、過去世は1つだけではありませんから、似たようなクセはいくつものその他の人生において、パターン化されて繰り返されている。

 

 

だから、一体の幽霊を回収しただけでは根本的な部分から変われなかったりするけど、でも、それでも必ず影響力はあります。

 

 

また、「死に対する恐怖」も、その多くが過去世体験から来るもの。

 

 

たとえば、崖から突き落とされて死んだ、拷問にあって苦しみ悶えながら時間をかけてやっと死ぬことができた。

 

 

あるいは、業火に焼かれて死んだ、いわれなき誹謗中傷を受けてリンチを受けて死んだなど、その死に様が惨めで恐ろしく、肉体的な痛みも大きい時、ほとんど人はその死を受け入れられない。

 

 

その過去世の記憶はやはり時空を超えて作用し続け、いつまでも人が怖い、痛みが怖い、戦うことが怖い、誰かから文句を言われることが怖い、といった形で「恐怖」として作用する。

 

 

この「恐れ」についてはたくさんの誤解があって、自分が多くのの恐れを持ち越してこの世に生きることに全く気づいていない人もいます。

 

 

たとえば、闘うプロレスラーの男性が、小さなゴキブリが怖いとしましょう。

 

 

この人は「俺は虫は苦手なんだ」と思っているとします。

 

 

普段は痛みを恐れず闘っているから、自分に大きな恐れがあるなんて気づいてない。

 

 

でもこの人は、過去世で虫と一緒に棺桶に閉じ込められて窒息死をさせられたことがあるかもしれない。

 

 

すると、狭苦しいところと虫だけはどうにもならない、勘弁してくれ、となる。

 

 

もちろん、これは一例でしかなく、虫と狭いところを避けて生きればいいだけのことじゃない?と思うかもしれないけど、実はそうじゃない。

 

 

その人は、子供の頃からやんちゃでたびたび親に怒られるなどした。

 

 

親は懲らしめるためにその子を怖がらせようと、その子が一番嫌う虫や狭いところを使って折檻しようとしたとする。

 

 

たとえば、ムカデが出るような狭い納屋にその子を閉じ込める。

 

 

単純なしつけのつもりだけど、その子は死ぬほどの恐怖を味わう。

 

 

すると、だんだんその子の中には「逃げグセ」が芽生え始める。

 

 

苦しすぎると人はなんとかその場をやり過ごそうと、何らかの苦しみから逃れるすべを考え出そうとするものです。

 

 

それはたいてい、体外離脱的な意識の浮遊状態を作り、「自分が自分の内側にいない」という状態を作る。

 

 

すると、その子は納屋の中で自分の外側に意識を向けることで、何とか極限の恐怖を感じないでいられる。

 

 

このようなことがたびたび繰り返されるとどうなるか。

 

 

大人になっても物事の根幹が見られず、いつも夢のようなことばかりふわふわ考えたり、大人になりきれない大人子供のような人になってしまうパターンが1つ。

 

 

もう1つは、クールすぎて真剣にこの世を生きようとしない人になる。

 

 

「どうせ世の中なんてくだらない。一生懸命生きたって仕方がない」など。

 

 

そして、誰とも真剣に関わろうとしなくなる。

 

 

実際にはその人のパーソナリティやもともとの恐れの鋳型によって方向性はいくつか変わりますが、代表的な例でいうとこのようなパターンが多いです。

 

 

するとその人は、もともとパワフルで体を動かすことが大好きで、別の過去世ではローマの強靭な戦士だったこともある。

 

 

そのエネルギーを使って有名プロレスラーになり、どこにも恐怖なんてない人のように見えてしまう。

 

 

だけど、実は内面は恐怖で懲り固まっていて、それを思い出したくないためにもひたすら強そうな姿を見せて闘う・・・ということも起きてきます。

 

 

この例は極端なようで、その実、皆に当てはまる話です。

 

 

また過去世カルマの話には、やはりたくさんの要素があるので、続きを次のブログで書きますね。

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